母の日が近づくと想い出すのです。
あれは私が小学校3年の頃、もう50年も前のこと。母の日の前日くらいに、教室で全員に造花のカーネーションが配られたのです。
ほとんどの子は赤いカーネーションを左胸につけて喜んでいました。
もちろん私も。
クラスで2〜3人の子は白いカーネーションをつけていたのです。
それが何を意味するのか気になりながらも、転校したばかりの私はそのままやり過ごしともだちとワイワイしゃべっていました。
それはお母さんが亡くなっていていないということでした。
数日後、その意味を知った時は胸にトンときたけど「そういうことか。可哀想に」という軽い感じだったように思います。
転校が多かったのでそのカーネーションは3年と4年だけの出来事だったのですが、なん年かたち、赤と白のカーネーションを付けさせた学校、市、道、どこかわからないけど、憤りが大きくなっていきました。
母の日に喜ばれるものってなんなんでしょうね。
あのクラスメートは どんなにかその日が嫌だったことでしょう。
教室の窓の外は明るく、中の子供たちはグレーで、立っている子座っている子、とざわついている一瞬が陰絵のように思い出されるのです。
母の日には。